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2023年6月10日 (土)

皆さんは「物盗られ妄想」って ...ご存知ですか?

皆さんは「物盗られ妄想」って ...ご存知ですか?

私は2006年に地方都市に住んでいた両親を引き取って一緒に生活し始めました。その一番の理由は父親のアルツハイマー病でした。

大正末期と昭和初期生まれの両親はアルツハイマー病に対してあまりにも無頓着でした。私が若い頃から海外で勤務していた事もあって、2005年に帰国した時には父の認知症は随分と進んでいました。在宅介護で一緒に暮らし始めましたが、2008年 2月2日に父親は他界しました。享年83歳でした。

父親を看取った後に母親と私達夫婦の3人で暮らし始めて4年ほど経った頃、母親がタンスの中にしまっていた綺麗な刺繍のハンカチが無いと言いはじめました。
その頃はさして気に留めていなかったのですが ...日常の生活の中で、血圧手帳が無い、とか..お医者さんから貰った薬が無い...あれやこれやが無くなると母親が言うようになり始めたのです。今思い返してみると、あれがアルツハイマー病による記憶障害の始まりだったのです。

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随分とトンチンカンな事を言い始めてその都度対応に苦慮しはじめました。
そして、そうこうしていると、今度は誰かが夜中に薬を隠していると言い始めたのです。典型的なアルツハイマー病の症状の一つである「物盗られ妄想」です。

20019年にコロナが始まって閉塞感が高まると、コロナを理由にして母は外に出かけることを全くしなくなりました。社会との繋がりが無くなり、単調な日常生活を規則的に過ごすようになりました。自分で決めた一日のルーチンを消化する事で心の平穏を保っていたのでしょう。
その辺りから一気に「物盗られ妄想」が進み始めました。大体 毎月1〜2回 大騒ぎに成ります。自分で箪笥の中を弄っても記憶に留める事ができないので、次の日に箪笥を開けた時に誰かが弄っていたと成る訳です。

妄想は更に加速して、夜中に誰かが部屋に入って来てタンスの中を掻き回すとか、天井裏から夜中に人が入ってくる等と訴えるようになりました。(ちなみに 母の部屋は一階なので天井裏は二階のフロアです。そして誰かとは私の妻の事なのです。)

「物盗られ妄想」の対応をネットで調べると、それは病気なので本人に寄り添って、一緒に探してあげて下さい。等と書かれていますが、家族にとってそんな優等生の様な対応が取れるはずもありません。 結構な修羅場です。

幸いにも徘徊行為やご近所に物盗られ妄想を言いふらすなどの行為がないので、我が家の場合は、まだ救われているのかもしれません。

そうこうしていて、今年の2月から母の通っている病院に在宅医療介護をお願いするようになりまして、専任の医師が訪問診療していただけるようになりました。
先生にお願いして2回め3月20日の診療の時に対面で長谷川式簡易知能評価スケール (HDS-R)で検査をしていただきました。これで本人に対しての軽度の認知症であるとの診断結果と物盗られ妄想はアルツハイマー病の典型的な症状であるとのお話をしていただきました。

検診のあと、母は半日ほどソファに座って呆然としていました。アルツハイマー病の薬も処方していただきました。しかしその数日後には自分がアルツハイマーの診断をされたことも忘れてしまっているのです。

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93歳の母親を齢70になろうとして居る私達夫婦で行う老々介護は並大抵の苦労ではありません。コロナ禍の3年間は仕方ない事だとしても、コロナが開けても私達の老々介護の将来は見通せません。 そんな事を考えていると暗澹たる気持ちになりました。

しかし落ち込んでばかりは居られないので、老々介護の負担を減らすために少しでも外の人の力を借りようと考えて、ケアマネージャーを決めて相談に乗ってもらい、説得して母にデイサービスを利用してもらう事にしました。それが今年の4月23日です。週に2回(水曜と木曜に)デイサービスに行ってもらうようになりました。
しかし本人は大変に抵抗が有ったようで、2回めの時は帰宅してから譫妄(虫が沢山居て気持ちが悪いと言いました。)が見えたりして興奮しておりました。しかしその後は安定して来てデイサービスにも通えるように成ってきました。

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母親がデイサービスに通いはじめても、私達夫婦の決定的な救いにはなりませんでした。そして私の考えは急速に介護付き老人ホームか、グループホームに入居して貰うしか無いと言う方向に変化してゆきました。

意を決して5月16日の朝に母親にグループホームに入居して欲しい故を説明しました。
やはり本人の反応と答弁は相当に過激で「絶対に嫌だ。」「お前は親を捨てるんだな」「死にたい。」等とだんだん激昂してくるのでしたが、そうした言葉に釣られずに、物盗られ妄想に付き合いながら、老老介護をするのは「私達はもう限界です。」と今の現状を認識して貰うために淡々と話し合いを行いました。人間は自分の置かれている現状を第三者的に俯瞰して眺めることは中々できません。ついつい楽な方に流れて自分自身を甘やかして現状に胡座をかいてしまいます。お母さんは一人で生活できなく成っている状態、食事も何もかも私達夫婦に介護してもらっている事を、いつの間にか当たり前だと思っているのです。

実は母親はお姑さんの介護を短い期間ですが若い時にやっているのです。老人ホームも一般的ではない時代にアパートに住まわせて、隣近所から迷惑がられた経験も有ったようです。色々と話す中で「今の我が家がまさにその状況なんですよお母さん!隣近所の家はお母さんのあれが無い!とか死にたいとかの大声を聴いて皆知っているんですよ」と言う言葉が、自分が苦労した記憶も蘇り、心に刺さったようです。
話し合いの最後に自分の意志で「わかりました。」とホームに入ることを了解してくれました。

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そして更に衝撃的な出来事が起こりました。話をした当日の夜中に自室で転倒して、頭から血を流し救急車を呼んで救急病院で後頭部を4針縫う大騒動になったのです。頭に包帯を巻いた母親を病院から連れて帰ったら、深夜0時を過ぎていました。流石に私も心が折れそうになりました。

さて、母親の老人ホーム入居ですが、認知症患者を対象としたグループホーム(認知症対応型共同生活介護)を見学したところ偶然にも空きが有り、あっと言う間に入居が決まりました。そしてまさに今週の火曜日6月6日に入居いたしました。
2月に在宅医療サービスを初めて、それから4月にデイサービス、そして6月に成ってグループホームへの入居に至ったのですが、今年の2月からの半年間は怒涛のような変化でした。

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母親の介護は、グループホームに入居したから全てが終わるわけでは有りません。これからどうなってゆくのか?起きてみないと解らないことだらけですが、母親のグループホーム入居で随分と私達夫婦の心の重荷が軽くなった事は事実です。
ここまでを振り返って、経験値から一つ言えることは認知症の介護はできるなら早いうちに、専門のスタッフが居るグループホームに預かって頂くのが、正解だと思います。老々介護の共倒れだけは避けなければいけませんし、精神的な負担も大きいのです。ギリギリまで我慢する必要はないと思います。

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